浜町

みかんが食べたくて、リハビリを兼ねた散歩がてらに浜町を歩いた。

碁盤の目のようなに道路に高い建物がないこの街。不思議にホッとする。吉井町とは明らかに異なる風情だかどちらとも散策する魅力が私にはあり、前回の入院でもそうであったが、入院後半は時々歩いている。

何時もの市場の隣にほぼ店が無くなっている市場があり、今日はそこの八百屋に立ち寄る。ザルに盛られたみかんが金額毎に並べられ、店主と会話しながら寿司でいう竹位のものを買い求める。

自分で


昨日から松葉杖で移動できるようになり、トイレなど気兼ねなく行けることを喜んでいる。気兼ねなくというのは決して大袈裟ではなく、車椅子での移動と身体の各所に管が通されていた時には、トイレに行くのもナースコールを行い、トイレまで連れて行ってもらい、ズボンとパンツを下ろしてもらう。用便が済んだらサイドトイレからナースコールし、看護師さんに管を注意しながらパンツとズボンを上げてもらい、病床まで連れて帰ってもらうという流れだった。

流石に恥ずかしいし、気を使うので気兼ねなくというのはそういうこと。

十数年前、春日市のクローバープラザで介護について研修を受けた。その際に様々な装具を着けて、高齢者の身体の負荷を疑似体験し、視野や移動の困難さに驚愕した。

講義の終盤の講師のことば「食べ物を人から口に入れてもらいたい訳ではない。トイレに連れて行ってもらいたい訳ではない。出来れば皆自分でやりたいのだ。」が心に沁みる。

膝を曲げるのは


術後の2日目

リハビリも順調でかなり右膝も曲がっているがどこまでこの調子は続くかは…。

ある程度まで曲がってからが辛いんだよね。

小学3年の今頃、と言えば丁度40年前のことだけど、右膝に大怪我をして三ヶ月飯塚病院に入院した。

あの頃のリハビリと言えばお湯に足を入れて水流をあてて曲げることから始まり、足のバンドから伸びた紐が滑車を経て砂袋を下げて足を引っ張るという拷問のようなもので、毎日泣くまで、いや泣いても続いた。

その経験からもこの角度から先が不安

三日続けて

肩のオペの時と違い術後の辛さやカテーテルの違和感もなく朝が来た。

午前中にはカテーテルや点滴もとれ、右の足の付け根のところに付けているブロックの針だけとなった。

お昼過ぎには妻が、若松駅を降りてモスバーガーや近くの市場など寄りながらやって来た。

電車わ乗り継いでの連日の通院は嬉しい。そして留守宅の様子を聞くのは何よにも効く薬。