勘違いも吉となる

平成筑豊鉄道赤駅のトロッコ運行の記事を週末の新聞記事で読んでいたので俊三郎と出かける約束をしていた。
そして、日曜日の朝に俊三郎とバイクで赤駅へ向かった。

しかし駅は無人のまま。
妻に電話し新聞で確認してもらうと来週だった。

このまま帰宅するものどうかと思い
バイクのハンドルを英彦山方面へ向けた。

赤村から英彦山方面への道ははじめて通ったが、
静かで、しかし人の営みが感じられるいい道だった。

そして前方に油木ダムが見えてきた。
水量は低く回遊道から降りることができそうなので降りてみた。
バイクを止めた場所には津野小学校がダムの底になったことを記す石碑

ここに子供たちが学んだ場所があったのかと思うと
地形をゆっくり眺めていると、声が響いてきそうな気がした。



石川えりこさんの絵本 流木のいえ に出てくるトナカイのような木が立っていた。

 

またバイクにのり英彦山方面へ走ると右手に前足を上げた狛犬が見え、
気になりバイクを降りた。


高木神社というらしく、狛犬の先の一の鳥居の所には
うさぎの狛犬もある。

英彦山に着くと
人は少なく沿道の土産屋も開いているのか閉めているのかわからないような感じで
寂しい。



さて石段。
父を置いてさっさと駆け上るす俊三郎。


息もあがり、膝もやや痛みを覚える父は遅れて神社へ到着。


お参りして、冷たいもので喉を潤し降り始める。





バイクを停めていた近くのメルセデスのエンブレムに


そこから今度は小石原へ向かい行者杉をみて、峠を下る。




峠を降りて ワイルドウインドに寄り
三線を奏でて



大里くんのショットは俊三郎撮影

浜町

みかんが食べたくて、リハビリを兼ねた散歩がてらに浜町を歩いた。

碁盤の目のようなに道路に高い建物がないこの街。不思議にホッとする。吉井町とは明らかに異なる風情だかどちらとも散策する魅力が私にはあり、前回の入院でもそうであったが、入院後半は時々歩いている。

何時もの市場の隣にほぼ店が無くなっている市場があり、今日はそこの八百屋に立ち寄る。ザルに盛られたみかんが金額毎に並べられ、店主と会話しながら寿司でいう竹位のものを買い求める。

自分で


昨日から松葉杖で移動できるようになり、トイレなど気兼ねなく行けることを喜んでいる。気兼ねなくというのは決して大袈裟ではなく、車椅子での移動と身体の各所に管が通されていた時には、トイレに行くのもナースコールを行い、トイレまで連れて行ってもらい、ズボンとパンツを下ろしてもらう。用便が済んだらサイドトイレからナースコールし、看護師さんに管を注意しながらパンツとズボンを上げてもらい、病床まで連れて帰ってもらうという流れだった。

流石に恥ずかしいし、気を使うので気兼ねなくというのはそういうこと。

十数年前、春日市のクローバープラザで介護について研修を受けた。その際に様々な装具を着けて、高齢者の身体の負荷を疑似体験し、視野や移動の困難さに驚愕した。

講義の終盤の講師のことば「食べ物を人から口に入れてもらいたい訳ではない。トイレに連れて行ってもらいたい訳ではない。出来れば皆自分でやりたいのだ。」が心に沁みる。