いとしま

住みたい町として名前が挙がる「糸島」だけど
私自身あまり縁がなく、毎年この時期に訪れるのも
なんとなくドライブしながら「糸フェス」を覗いてみるためで
そのほかに目的もなく、会場以外の場所を訪れたこともない。

昨日は向かう最中に天候も荒れてきたり、晴れ間が出たりと変化が大きかったが
着いてみれば晴れ間のタイミングで、毎年顔を合わす出店の作家の方と言葉を交わしたり、
妻もいいものを見つけて買い求めた。

お昼前には会場を後にしてランチでもとイグニッションを回した途端にまた曇り空。
立ち寄ったカフェでは雨足がひどくなった。
子どもたちへのお土産のマフィンを受け取り車へ駆け込み
食事の場所へ車を走らせる。

夫婦岩のあたりではウインドを雨が激しく叩き、
レストランの駐車場から店内まではまさしく駆け込んだ。

地物の魚のパスタと豚のピザを食べながら
「地元産と言われなければチョイスはしないかもね」と二人で話しながら
口へ運んだけれど、それはそれで初めての味でピザもパスタも臭みではなくフレーバーが楽しめた。

そしてレストランを出て道路を渡り海を見た。
その頃にはとてもいい形をした雲が浮かぶ空。

いい休日。

その土地のその味はどこにもない香りだった。

 

優しい土地の優しい人

とっこさんの訃報を聞いた翌日
D90を下げて散歩に出て、明るい時間にとっこの前に立った。

店休日の水曜日と明るい時間には裸電球だけだが、
もうここに提灯が下がらないと思うとこの電球の見え方も昨日までとは違う。

今朝の西日本新聞朝刊の春秋に箱崎(だった)九州大学正門前の文房具屋「久松屋」のことが書かれていた。面倒見のいい店のご家族で皆に慕われ、移転を前に馴染みの大学職員があいつさに訪れるほどだった(文中より)
とっこさんとの別れにはあいさつに訪れることは叶わなかった。

今年もケヤキの木の下で

千手でのレジデンスからのご縁で旧千手小学校の清掃活動に参加させていただいている。
嘉麻市の中で閉校した5つの小学校の中でも千手小学校は、千手けやき会の皆さんをはじめとして、今でも地域の皆さんが灯ろうまつりや清掃活動と小学校に集っているからかグランドも校舎も今でも呼吸しているようだ。

そしてけやきの木も

植木さんに恋して

植木さんの展覧会は800人に届きそうな沢山の来場者を迎えて幕が降りた。

忘れないように記しておくと
昨年のいつだったかはっきり覚えてないが、植木さんがふらりとオダビへやって来て、ザンビアへ行って似顔絵を描いてくると話しだしたことからこのことははじまっている。

なんだか興味深い話なので、帰国したらオダビで報告個展を開きませんか?と話したことで植木さんと紡ぎはじめて、kamabaseとして展覧会を手伝いながら定期的に打ち合わせたりしていきながらすすめて、どんどん植木さんの人間らしさが好きになりだして。

きっと直ちゃん(展覧会を目前に亡くなった奥さん)をはじめ、展覧会にお越しになった方々もそうなんだろうな。

広島には酒の都がある

二日間を広島で過ごす旅程だったので事前に二日目は西条を訪れることにしていた。
公私を問わず、初めての土地に足を下ろすのはいいもの。
どんなとこにも人々の暮らしがあり、ここでもし暮らすことがあるならなんてことを想像してみたりして。

広島駅から山陽本線で西へ向かうと八本松駅ではすっかり駅前の風景が雪に包まれていた。

個人的な旅行でありつつも、ついつい私の地元大隈も酒蔵の街であることから、調査の目となってしますことが切ないが、それ以上に今回は駅周辺徒歩圏内で8つの蔵を回れることが何より嬉しい。

しかし西条駅に降りても雪景色。まぁそれはそれで絵になるかと気を持ち直して、普段はあまり使わない駅内の観光案内所(事前に調べていたら月曜日は西条酒蔵通り観光案内所は休みだとのことだったので)へ立ち寄り蔵めぐりマップを入手。
凍える片手にマップを持ち、片手に傘の出で立ちで歩いてては蔵に入り、試飲し(蔵によっては大吟醸など有料試飲や3種までや、試飲用の種類が指定などあるけど)いい気分に酩酊。
結果5号瓶で4種買い求め、雪の寒さと酒瓶の重さにほろ酔いが加わり疲れたところで、広島までの在来線を調べたらなんと降雪による線路への倒竹で影響の表示!しかも新幹線にも影響とのことで一気に(とはいかないまでも)酔いが覚め、駅へ急いで、遅れていいる電車を待って帰路についた。

西条酒蔵めぐりのサイト
因みに2014年の西条酒まつりでは経済波及効果が約32.6億円らしい。

新しいものへのチャレンジは当然必要だが、伝統や残さなければならないモノの選択を熟考していただきたい。地方を残すことは時代に即した順応できるチャレンジが必要で、新しいものをつくり古いものを除却するのもチャレンジだが、古いものを残し新しいものを作らないというチャレンジも個性ある、そして勇気あるスタイルかもしれない。

 

いとのあいだ

学生時代は服飾の学校にありながら、ファッションディスプレイのクラスだったのでミシンを踏むことはあまりなく、もっぱらピンワークやアンビエ・ドゥブルビェと言ったドレープ技術を学び、その後素材特性や空間演出、そしてファッションビジネス論やマーケティングなどを学んだ。
あれから30年。
分かっているし、覚えていると思っていたが、広島現代美術館で竹口さんのギャラリートークを聴きながら、いと(糸)が交わり、そのあいだに生まれる空間を保温することや、織り成されたテキスタイルが面ではなく立体であることを思い出した。
しかし竹口さんの話のそれや展示は、科学でいうマクロの世界ではなく、私たちの先人たちが古より知識として知って自らを纏っていたことを認識さえてくれている。ナノメートルを確認できる今に至っては意識すらされていないことでだが。

広島へ足を向けさせたのは竹口さんと久しぶりに盃を交わしたいとの不純な気持ちと6年前に福岡県立美術館を会場に竹口さんが担当した「糸の先へ いのちを紡ぐ手、布に染まる世界」(県美の展覧会でなく竹口さんがとするのは、今回の会場と合わせてご覧になった方は理解いただけると思うけど・・・)のリベンジ?とも受け止めてたからだ。
福岡での展示も天井が低いあの会場に、照明などの演出で従来見慣れている工芸の展示とは明らかに異なっていたが、今回は会場が広島現代美術館でありその期待も高かった。(実は初めて伺ったんだけどね)

午前中に会場入りし、ゆっくりと会場を観た後に午後から再度ギャラリートークに参加して竹口さんの溢す言葉に耳を傾けた。冒頭の告知どおり60分の予定が120分となったようだ。(私は前半の部分で失礼ながらその場を離れた)

夜、大衆酒場でガンスやカワハギの肝煮を広島の地酒で流し込んで、その後汁なし担々麺食べて、最後はアイラモルトで胃に蓋をして別れた。
広島で、という場所の違いはあるものの、竹口さんと盃を交わすタイミングや話すことは変わらない。変化を求められる中で変わらないのは心地よい。

10年ほど前までは、必死に広がりを求めていたのだが、半世紀を生きた今ではその広がりもテーブルの上に零した水のように必要あればそちらへ広がればいいと思えている。

広島へ向かう前に、書棚より取り出し読み直した「糸の先へ」の図録のエッセイの一文が沁みた。

以下「糸の先から糸の先へ」より抜粋
自身が立つ足元の地平を横へ横へ闇雲に広げていったところで、それがせいぜい蜘蛛の糸か今にも割れそうな薄氷のごときものでできているなら、その上を歩いていくこともままならない。それよりもこの足元から深く掘り下げていけば、まるで地球の裏側にでも掘り貫いたかのような未知なる空間が広がっているかもしれないのだ。たしかに効率的ではないし、そんな広がりに到達できるにしても生きているには無理かもしれない。しかし、それでもいいと思えるのは自分ひとりの力ではなく、家族や友人、自然、歴史、未来、あらゆるものとつながって生き、生かされてることが腑に落ちているからだろう。あらゆるものとつながりながら生きて在る訳だから、あらゆるものとつながろうと今さら手を広げる必要もない。

この図録の奥付には展覧会のステークホルダーとして会場設計の坂崎さんやカタログ編集の尾中さんらをはじめ、会場スタッフやボランティアスタッフの氏名がクレジットされている。

交わるいと 「あいだ」をひらく術として
3月4日(日)まで
https://hiroshima-moca.jp/majiwaruito/

歌枕

今夜は嘉穂小学校の次期PTA役員の選考委員会に出席していた。
この会議は今回で2回目だが概ねのポストは埋まっている。

立候補もだが多選に対し会員の皆さんが快く引き受けてくれるからで、
歴史は4年ほどと浅い同校のPTAだが、この雰囲気は統合される前の5つの小学校PTAが
内包していたものだろう。

歌枕という言葉がある。
歌を支える枕としての働きという意味だそうだ。
枕詞や歌題なども含まれるようだが、特に和歌によく詠まれる名所のことをこういうらしい。

嘉穂のことを思うと ふとこの言葉が浮かんだ。

永く美術館で仕事をしていると
見えてくることを、見えなくなってくることがある。

ここ数日、各方面の市民や市役所の職員や、その他の方々が
訪ねてこられたり、私が訪ねたり。

それぞれの話の中では、相談や、依頼が大半なのだけど
ただただ思いの丈を聞いてほしいというのもある。

そして霞んできていたものがあることに気づく。

まだまだやらねばいけないことはある。

無駄を楽しむ

TOTOの喜多村社長が取材で生産現場で広がるAIの活用について肯定的なコメントをしつつ、その一方で「人間は無駄を楽しむ生き物だと考えている。人が楽しい、美しいと感じるものをAIは無駄だと判断するかもしれない」と人が生み出すことへの信頼も語っている。

今日、上司と炭坑についての学習への出前授業を行った。
急稲築町の職員であった上司は、旧山田市の炭坑についての授業を求められ休日などを使い資料を収集し、実際に炭坑のあった場所を歩き調査を行っていた。そのことが今日の授業で示された資料でわかった。古い資料を見つめ、実際に歩き写真に記録しそれでも調べきれなかったことを子どもたちに詫び、今後子どもたちがフィールドワークなどで発見したら教えて欲しいとも述べていた。

公私の境がないじゃないかとか、好きだからでしょと揶揄されるかもしれないが、永く美術館で仕事をしているとこんな人ばかりに包まれてきた。故に求めてしまうけどもうやめようかな。
(喜多村氏のコメントは2019年1月16日西日本新聞経済欄より)

嫁菜

今朝の西日本新聞の読者文芸に嫁菜のことが記されていた。

春日野に煙立つ見ゆをとめ等し春野のうはぎ採みて煮らしも(作者不明)
この中にある「うはぎ」が嫁菜のことだという。

通学路で朝探したが見つからなかった。
蓬には霜が降りていてまだ寒い。