ありのまま

今年も鮭の稚魚を放流した。

この町の外から見れば福岡の山間の川でのこの姿は、なぜ?と思われるかもしれないが、鮭神社のある町では当たり前の風景になっている。ここに至るまでの関係者の御苦労や歴史はここでは省略させていただくが。

夜、大半が私よりも若い皆さんとテーブルを囲んだ。この町のならではのもてなしについての話であったが、「何も足さない、何も引かない」背伸びしないもてなしをしたい。自分たちらしさをという事に行き着く。

我々の日常は、他者から見れば非日常でもある。しかしそれは我々には大切で、決してイベントでもない。

その事を大切にしてくれること。

そして大切にしてしてくれる人を我々も大切に出来る。

森の木琴や千手のレジデンスで学んだことでもある。

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